研修医の方へ:心臓血管・高血圧内科学の多彩な研修イメージ
循環器救急トリアージ
救急患者の中には、典型的な症状を伴い循環器疾患を最初から想定できる症例と循環器疾患が他の並存疾患に隠れている症例があります。後者は疑わなければ見逃してしまうので注意が必要です。バックグランドや些細な所見から疑い、循環器内科で研修を積んでいればこそ、匂いを嗅ぎ取り、見逃さずに対応できます。スピード感を持って診断し、治療につなげることが循環器救急の醍醐味です。どんどん鼻が利くようになり、さまざまな循環器救急の超急性期を幅広く経験でき、循環器専門医を目指すためには、絶対必要な知識と経験であると言えます。
心肺停止、急性冠症候群(急性心筋梗塞、不安定狭心症)、致死的不整脈(心室細動、心室頻拍など)、心タンポナーデ、急性大動脈解離、大動脈瘤切迫破裂、急性肺血栓塞栓症、急性心不全、急性末梢動脈閉塞症、高血圧緊急症、失神(徐脈性不整脈など)などの循環器疾患は、急激に血行動態が破綻し生命に関わるため、速やかに必要な検査を行い、診断しなければなりません。このような症例は循環器内科の知識が不可欠です。血行動態を回復・維持させるために、各々の症例に対して適切な薬物療法やカテーテル治療、場合によっては外科治療を考慮し、最適な治療を行います。場合によっては、心肺停止の症例に対して心肺蘇生を行いつつカテーテル治療を選択するという判断をしなければいけません。
救急外来で初療から対応し、必要に応じてカテーテルチームと連携してカテーテル治療を行います。また、症例によっては外科チームにコンサルティングして引継ぎを行います。
院外発症例は、救急隊からの緊急搬送前の患者情報や主訴、そして搬入時の身体所見の診察から疾患を絞り込みます。院内発症例は基礎疾患に伴うものなのか、循環器疾患の合併による血行動態の破綻なのか考えなければなりません。ここでは緊急性と重症度という2軸を考えることが重要です。緊急性が高く、重症度が高い疾患から鑑別していく習慣が身につきます。
救急外来で、一般採血、血液ガス分析、トロップT、BNPなどのデータを解釈し、心電図、レントゲン写真、心エコー(必要に応じて、腹部エコーや頸部エコー、下肢エコーなど)、そしてCTなどの画像評価を行い、診断を確定します。
症候から検査・診断へ導き、診断から治療へ還元する。当たり前だが鑑別を間違わないようにしなければならない。例えば、カテーテル治療の可否に関わるため、急性心筋梗塞と上行大動脈解離にともなう急性心筋梗塞は鑑別しなければいけません。また、搬送前情報では転倒外傷であった症例が大動脈解離による転倒であったこともあり、救急搬送時の判断と診断は非常に重要です。
一刻を争うような心肺停止症例や血行動態が破綻しかかっている症例に対しては悠長に検査を行う時間はありません。血行動態が破綻しているのか、まだ若干の猶予があるのか見極めが必要になります。
血行動態が破綻している症例ではすぐに心肺蘇生(Cardiopulmonary Resuscitation: CPR)を開始します。CPRは一次救命処置(Basic Life Support: BLS)、二次救命処置(Advanced Life Suppor: ALS)に則って行います。エビデンスに基づいて作られたプロトコルに沿って行うことが救命の近道であると強く実感します。
また、通常は薬物投与の為のルート確保は末梢点滴の確保を行うが、緊急で末梢点滴の確保に時間を要したり困難を伴ったりするようであれば骨髄路の確保を行います。そして、質の高いCPRを行いつつ、心停止の可逆的な原因の検索と是正を行います。ALSでは血液ガス分析、電解質検査、エコー(心臓・腹部)が有用で、H&Tを鑑別する。
血行動態が破綻しかかっている症例では、血行動態を持ち直させるために、何が必要なのか考えなければならない。前述のH&Tを調べ、心タンポナーデをいち早く見つけて心嚢穿刺ドレナージを行うこともあります。侵襲的な手技だが、救命のためにも循環器内科医が本領発揮する場面です。低酸素の原因が胸水貯留であれば胸水穿刺ドレナージが必要なこともあります。急性心不全における急性肺水腫による呼吸不全に対してはネーザルハイフロー(NHF)や非侵襲的陽圧換気療法(non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)、必要であれば気管内挿管による人工呼吸器管理なども必須です。気管内挿管は喉頭鏡で行えるのはもちろんですが、ビデオ喉頭鏡(McGRATHやエアウェイスコープ)でも行えるようになります。
頻脈性不整脈を認めれば、速やかに薬物的除細動や電気的除細動を行います。徐脈や心臓刺激伝導系にブロックを認める状況では体表ペーシングや経皮的一時ペーシングを行い、適応があれば恒久的ペースメーカ移植を心臓血管内科に行っていただきます。
原因に急性冠症候群を疑えば、大動脈バルンパンピング(Intra-aortic balloon pumping: IABP)や経皮的心肺補助装置(Percutaneous cardiopulmonary support: PCPS)で血行動態を維持しつつ、心筋虚血の解除のためにカテーテルチームに緊急カテーテル検査・治療を行っていただきます。また、重症の肺血栓塞栓症にはPCPS / ECMO(Extracorporeal membranous oxygenation: 体外式膜型人工肺)で血行動態を維持しながら血栓溶解療法または外科に血栓除去術を依頼します。海外ではECMOは「可逆的な心不全や呼吸不全患者に対する一時的な生命維持を目的とした心肺バイパス回路の使用」と定義されています。日本では循環補助を主な目的としたときはPCPS、酸素化を主な目的に使用するときにはECMOと呼ばれています。降圧薬や昇圧薬などの循環作動薬の使用、抗不整脈薬や鎮静薬の使用についても幅広い知識が必要です。
また、循環器救急で非常に高頻度に出会うものとして失神があります。失神の鑑別は幅広く、原因不明のものも多々ありますが、神経調節性失神を疑う失神にはHead-up Tilt検査を行ったり、Tilt訓練を行ったりし、原因不明の繰り返す失神に対しては植込型心臓モニタ(Insertable cardiac monitor: ICM)移植を行います。ICMで一過性心停止や高度房室ブロックを診断して、恒久的ペースメーカの移植を行った症例もあります。
循環器診療を続けていく中で急性期疾患・循環器救急は必須であり、救急医療の中の大きな柱であると言えます。心臓血管内科は救命救急センターに2名の常勤医師を派遣しており、循環器救急の充実に努力をしております。必要性や希望があれば循環器救急の初期トリアージを救命救急センター所属の2名の循環器内科医の指導の下で、上記の検査、手技、知識を習得し、幅広く循環器診療に自信をもって対応できるように研修することも可能です。心臓カテーテルやカテーテルアブレーションなどの習得、あるいは心不全治療を極めるためにも循環器救急を体験しておくことは大切だと思います。