鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 心臓血管・高血圧内科学

X (旧Twitter)Facebook

Department of Cardiovascular Medicine and Hypertension, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima University

研究について

研究:研究グループ

基礎研究チーム

基礎研究チームは、池田、上坊の2名で構成されています。
(左より池田義之、上坊翔太)

当科では、「心血管疾患、およびフレイル・サルコペニアを含めた老化の分子機序を明らかにし、治療方法を創出する」ことを主たる目的として、様々な基礎研究およびトランスレーショナルリサーチを行っています。そこでは、主に以下の点に着目して研究を進めています。

  • ミトコンドリアダイナミクスやマイトファジーなどのミトコンドリアクオリティーコントロールを軸とした、心血管疾患や老化の分子機序解明と治療法開発
  • 酸化LDL受容体LOX-1を始めとした1回膜貫通型受容体とアンギオテンシンIIタイプ1受容体(AT1受容体)との連関を介したシグナルと心血管疾患や老化との関連に関する検討
  • エストロゲンの効果に着目した心血管疾患における性差(女性)の分子機序解明と、ホルモン補充療法の代替療法探索

以下に我々が行った研究内容の一部に関して紹介させていただきます。

ミトコンドリアダイナミクス、マイトファジーとは

細胞内エネルギー産生を司るミトコンドリアは副産物として酸化ストレスを発生し、またアポトーシスやフェロトーシスなどの細胞死も司ることから、ミトコンドリアのクオリティーを良好に保つことが疾患や老化を予防する上で重要です。ミトコンドリアのクオリティーコントロールに係る主な機構がミトコンドリアダイナミクスとマイトファジーです。

ミトコンドリアは細胞環境の変化に伴い、分離して小さくなる Fission化と、ミトコンドリア同士で融合する Fusion化により、絶えず形態変化させています。これをミトコンドリアダイナミクスと呼びます。FissionやFusionは様々なsmall GTPaseにより制御されますが、Fissionに関連するものにDrp1やFis1があり、Fusionに関連するものにMfn1, Mfn2やOPA1があります。

細胞には、古くなったタンパク質やオルガネラを排除する分子機構としてオートファジー(Autophagy)が備わっています。これはLC3依存性に球形のオートファゴソーム(Autophagosome)が形成されることで、その中に古くなったタンパク質やオルガネラを隔離し、その後オートファゴソームがリソソームと融合する(Autophagic Flux)ことでオートライソゾーム(Autolysosome)となりリソソームにより内容物を分解していくものです。その一種として異常ミトコンドリアを選択的排除するオートファジーのことをマイトファジー(Mitophagy)と呼びます。

ミトコンドリアダイナミクスやマイトファジーと心血管疾患・老化について

心筋が虚血状態になるとDrp1がミトコンドリアに集積することでミトコンドリアダイナミクスがFission化に傾きましたが、このDrp1は同時にBeclin1を活性化しました。Beclin1はオートファジー形成に重要な分子ですが、通常はBcl2とプロテイン-プロテインインタラクションにより不活性化されています。Drp1はこのBcl2と結合することでBeclin1とBcl2の結合を解除してBeclin1を活性化し、LC3依存性にオートファジーを形成促進することでダメージを受けたミトコンドリアを排除するマイトファジーを誘導し、結果心筋保護的に働いていました。

脂質異常にあるマウスや酸化LDLが添加された血管細胞では、マイトファジーが抑制され異常ミトコンドリアが蓄積することで血管老化や動脈硬化が進展していましたが、その場合のマイトファジー形成はLC3依存性のオートファジーを起源とせず、メンブレントラフィッキングタンパクのRab9依存性に形成されるオートファジーを起源としていました。すなわちマイトファジー形成の起源となるオートファジーには2種類あることが判明しました(これら2種類のオートファジーは、LC3依存性のものをコンベンショナルオートファジーと呼び、LC3非依存性でRab9依存性のものをオルタナティブオートファジーと呼びます)。さらに興味深いことに、Rab9依存性オルタナティブオートファジー起源のマイトファジーが脂質異常・酸化LDL添加に伴い抑制される分子機序として、酸化LDLの受容体である1回膜貫通型受容体LOX1がアンギオテンシンII type1受容体(AT1受容体)と連関しその下流のRaf/MEK/ERKシグナルを活性化することで、Rab9を抑制することを見出しました。この発見は、実臨床のうえで問題となっている「動脈硬化残余リスク」すなわち十分なLDLコレステロール低下療法が施されてもなお動脈硬化性疾患のイベントを十分抑制できないという問題の解決に寄与することが期待されます。これらの研究は学会でも高く評価いただき、2015年The Best of American Heart Association (AHA) Specialty Conferences (Top-scoring Abstract of AHA Basic Cardiovascular Science)、2021年第43回日本高血圧学会総会『高得点演題-最高得点賞』や2022年第54回日本動脈硬化学会総会・学術集会 『若手研究者奨励賞(YIA)』を受賞しました。オルタナティブオートファジー起源マイトファジーはその他にも閉経に伴う血管老化・動脈硬化進展にも大きく関係していることを明らかにしました。閉経に伴いエストロゲンが低下しますが、エストロゲンには血管内皮型一酸化窒素合成酵素eNOSの活性化を介したヒストン脱アセチル化酵素Sirt1以下LKB1/AMPK/ULK1活性化に伴うRab9依存性マイトファジー形成作用があり、エストロゲン低下によりこれらの機構が低下することで異常ミトコンドリアが蓄積し血管老化・動脈硬化が進展することが判明しました。また、エストロゲン補充によるホルモン補充療法の代替治療として、骨粗鬆症治療薬である選択的エストロゲン受容体モジュレーター SERM投与がSirt1活性化を来すことも見出しました。これらの研究もまた2018年第18回日本抗加齢医学会総会優秀演題賞や2021年The 13th Journal of Atherosclerosis and Thrombosis Awardsを受賞するなど学会や医学雑誌から高く評価いただきました。

ただし、マイトファジー誘導を実臨床のうえで治療応用するには課題もあります。何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、マイトファジー誘導が強くてもかえって細胞死を来すことも我々は確認していることから、マイトファジーを適度にバランスよく誘導することが重要であると考えています。我々は治療法用のための研究をドラッグリポジションなどの様々な手法を用いながら進めています。

その他の研究や、今後の展開について

我々はトランスレーショナル研究にも注力しています。ミトコンドリアダイナミクスやマイトファジーはmiRNAからも調整されています。その一部にmiR-30, miR-140, miR-485, miR-499がありますが、我々はこれらmiRNAが肺高血圧症や冠動脈疾患において病態や予後を反映することを見出しました。また、ミトコンドリアが司る代謝栄養素と心血管疾患との関係、ミトコンドリアクオリティーコントロール機構とフレイル・サルコペニア(筋委縮・筋力低下)との関連や、心不全(急性心不全、慢性心不全、HFrEF、HFpEF、抗がん剤治療関連心筋症、糖尿病性心筋症、高血圧性心疾患)における役割に関しても、多くの日本学術振興会科学研究助成(基盤研究B:1件、基盤研究C:6件、若手研究:2件、研究スタート支援:2件)を獲得のもと、国内外の他施設共同研究も含め様々な研究をしています。

超高齢社会を迎えた本邦において、心不全の爆発的な増加いわゆる「心不全パンデミック」が社会問題となっており早急な対策が必要となっています。急増する心不全の主たる要因は拡張性心不全(HFpEF)の増加です。また、近年抗がん剤治療薬は飛躍的な開発が進んでいますが、それと共に抗がん剤治療関連心筋症も増加してきています。我々はこれらの問題の解決を目指した基礎研究およびトランスレーショナルリサーチに着手しています(2023年~2027年、日本学術振興会科学研究助成 基盤研究 B(1,742万円))。

我々はミトコンドリアのクオリティーコントロールと心血管疾患・老化との研究以外にも、たんぱく質の質管理で重要な役割を来すモレキュラーシャペロンのHeat Shock Protein(HSP)やエネルギー代謝で重要な役割を果たすNAD+/NMN/Namptに着目した研究を行っており、分子イメージング研究、バイオマーカー開発研究、血管治療デバイス開発研究や創薬研究を展開していく計画です。

「人は血管とともに老いる」と言われているほど、血管疾患と老化との間には密接な関連が古くから指摘されています。我々は、基礎研究から臨床研究に及ぶ広い範囲で病態の分子機序を解明し治療方法を開発していくことで心血管疾患に苦しむ患者さんを救うことを目標に研究を行っています。興味のある学生さんや研修医の先生、その他研究室の方々がいらっしゃいましたら、当科までご連絡下さい。