鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 心臓血管・高血圧内科学

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Department of Cardiovascular Medicine and Hypertension, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima University

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教授ご挨拶

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2020年5月掲載

Post COVID-19時代を見据えて
心臓血管・高血圧内科学分野教授 大石 充

2019年末より中国武漢から広がった新型コロナウイルス(COVID-19)は、あっという間に全世界を恐怖の世界へと陥れていった。1720年ごろのペスト、1820年ごろのコレラ、1920年ごろのスペイン風邪(新型インフルエンザ)など100年周期での世界的パンデミックが繰り返されており、近代化された現代においてもこの脅威には勝てなかったことになる。スペイン風邪との大きな違いは飛行機や鉄道あるいは車の発達により人の往来が広範囲となったために、世界中に拡散されるスピードが極めて速くなっていることにあるといえる。さらには100年の科学の進歩によりPCR検査やシミュレーション、ドラッグ・リポジショニングなどの技術・医療革新が終息への一定の効果をあげている。一方で、病床が足りない、医療器具が足りない、防護服が足りない、医療従事者が足りないなど技術革新では埋められない大きな穴による医療崩壊も指摘されている。また、人との接触が増えれば増えるほど感染拡大の危険性が上がることから、ロックダウンや都市封鎖など映画の中でしか聞いたことない単語が毎日のようにネットやニュースをにぎわせて、学校や飲食店を中心として休校・休業を行ってその範囲はますます拡大しつつある。これほどの広範囲の経済活動停止の経験はなく、長引けば世界経済への影響は計り知れないと言えよう。

COVID-19は単なるコロナウイルスの亜型(風邪ウイルスの従兄妹のようなもの)であるが、症状発症前より感染力、症状発症0.7日前に最大感染力を呈するという厄介さに加えて、肺炎を併発するとARDSからDICを発症して数日で命を奪われることもあるという破壊力を兼ね備えた最強のウイルスであるといえる。20年前、オーストラリアのメルボルンにあるHoward Florey Instituteでの留学を終えて帰国した私は、新しい基礎研究ネタを探していた。ずっとレニン・アンジオテンシン系の研究をしていたので続けたいとは思っていたが、今までの研究中心が病理学だったので検体が手に入れにくい現状では方向転換をする必要があった。その時にとある製薬メーカーから「ACE2のノックアウトマウスを作成したのですが使いますか?」というお話をいただいた。私がメインで研究していたACEのカウンターエンザイムでもあったので、二つ返事で承諾して研究を開始した。2002年にACE2ノックアウトマウスが心不全を発症することがNatureに報告されて、この分野が大きな脚光を浴びることになる。我々も心不全、糖尿病性腎症や耐糖能異常などの発症にACE2がかかわることを報告しながらACE2を活性化する創薬を考えていた。しかしながら当時中国から東アジアにかけて流行したSARSウイルスの受容体がACE2であることが明らかとなり、ACE2の病態解析は続けるものの創薬は中止せざるを得なかった。私は鹿児島に赴任してACE2研究も終了(大阪大学では引き続き行われている)したが、20年経ってこれほどまでにACE2の文字をニュースやネットで見ると思わなかった。COVID-19の受容体もまたACE2だったのである。

ACEとACE2を研究してきた私としては何とも言えない感情ではあるが、世間の反応はそのような生半可なものではない。学校は休校となり、夜の街はおろか飲食店すべてが閉店に追い込まれた。“3密を避ける”の名のもとに自宅での仕事が推奨され、我々の世界でも学会や研究会がすべて中止・延期され、学会はOn DemandやWebなど新しい形を模索するようになっている。世界全体の経済活動が停止状態となり、世界大恐慌を遥かに凌ぐ大恐慌が到来するといわれている。中小企業だけでなく大企業も飲食店も青色吐息の状態である。COVID-19の影響で“なんちゃって”テレメディスンの様相を呈して患者さんが急激に減って赤字となっているようで病院経営も例外ではない。世界各地で行われている抗体検査やPCRスクリーニングの結果を見ると感染率はそれほど高くなく、2-3年で十分な集団免疫を獲得できるような状態ではない。少なくとも5年ほど“新しい生活様式”を続けなくてはいけないのだろうか?ほとんど感染者が出ていない状況下で“買い物は通販利用もしくは一人”、“横並びで食事会”、“多人数での会食を避ける”ことをそれほど長期間続けられるのだろうか?人と会う機会がさらに減ってパートナー選びにも支障が出てきて、益々少子化に拍車がかかるのではないだろうか?スポーツジム、結婚式場、宴会中心のホテル・レストラン、クラブ、航空会社、旅行業界など現在の営業形態では継続不可能な業種は列挙のいとまがない。現在のCOVID対策はこのような状況を鑑みれば非現実的であり継続不可能である。我々も加速度的な大きな変化にまだ対応できずにいる。“風が吹けば桶屋が儲かる”的な流れで、清潔カテーテル術着の不足によりカテーテル治療対象を絞り込まざるをえず、専攻医への指導もできない状態となっている。ポリクリ学生のベッドサイド指導ができない、ポリクリ懇親会・病棟懇親会ができない、入局説明会ができないなど既存の概念が大きく崩れている。

まずwith COVID時代をどう生き抜くかを考えながら、post COVID時代を模索していかなくてはならないと思っている。with COVID時代は“歩み寄り”ではないだろうか?COVID-19は確かに重症化率が高いが、風邪ウイルスの変異であり、症状発現前の感染力が一番強いとなると、誰とも接さないことが唯一の感染予防となる。これは非現実的であり、咳エチケットと手洗いを徹底して、風邪症状が少しでもあれば出勤や人との接触を控えるという当たり前のことをしっかりと行うように我々が感染防御に歩み寄る一方で、感染予防から重症化予防・阻止に舵を切る、すなわち政府や組織の方針も歩み寄っていただく必要があると思う。そうすればCOVID前と全く同じとまではいかないが、経済的にもストレスのない社会が戻ってくると思う。さらにpost COVID時代を見越してwith COVID時代から人との距離感や医療の在り方など様々な問題に取り組んでいく必要があると思う。すでにカテーテル検査室への出入り制限に対して、カテーテル検査室の画像をリアルタイムに医局に転送して、医局でガイダンスができるシステムの構築を始めている。講義はweb講義⇒e-learningとすることで予習・復習・繰り返し学習が可能となる。各分野のスペシャリストの講義を組み合わせて循環器内科学の講義カリキュラムを作り上げることも可能で、地方大学であっても首都圏や海外の有名教授の講義である“循環器内科オールスター講義”を受けることが可能となる。録画をうまく使えばフレキシブルな講義組み合わせも可能で、効率的な講義日程を作成することができて、学生は夏季・春季休暇が増えて、ワークショップなどの実技・実務的な時間割を増やすことができるメリットもある。Web講義が一般的化すれば様々なシステムが構築されることは明らかであり、さらにバーチャルリアリティを追求した講義システムが構築されることが望まれる。Web会議をうまく使いながら地方の循環器内科医との循環器カンファレンスや地元かかりつけ医の先生方との症例コンサルテーションシステムも構築したいと思う。こう考えるとCOVIDが我々にもたらしてくれた恩恵も決して小さいものではないと思われる。