教授ご挨拶
教授ご挨拶(バックナンバー)
2017年5月掲載
今年に入って衝撃的なニュースが飛び込んできた。私が循環器内科医として修練を積んだ桜橋渡辺病院循環器内科の生みの親である南野隆三名誉副院長が逝去されたとのことだった。長年年賀状のやりとりをしている方々のところへ喪中葉書が送られてきて発覚したらしく、桜橋渡辺病院にすら亡くなったことを知らせていなかったという。いかにも南野先生らしい幕引きであった。
私はたくさんの恩師に育てていただいたが、循環器診療・医師教育に関しては南野隆三先生が恩師であり、私の医師・大学人としての生き方に極めて大きな影響を与えている。以前にも書いたことがあるが、桜橋渡辺病院研修前に面接に行った時に下記の3つの言葉をいただいた。これは20数年たった今でも当時のことを鮮明に覚えているし、今でも実行しようと試みてはいるが、未だに完遂できていない。
南野先生から教えていただいた循環器診療ポイントのひとつが、検査結果や病態を面で考えることである。我々はついつい検査結果を単体で考えようとする。しかしながらひとつの病態を考えるためには心エコーや心カテだけでなく、聴診や病歴や血液検査に至るまで、ありとあらゆることを一元的に説明することをいつも求められ、さらにはそれの時間経過まで一元的に考えることが要求された。患者さんを面として捉えて理解することが必要だった。面で捉えるためには病態を生理学的・解剖学的・薬理学的に考えるだけでなく、患者さんの生活や人生観にも踏み込んで考える必要があることも併せて教えていただいた。
医学教育面では教える側の一貫性と基礎的考えの積み上げの重要性を教えていただいた。そして自身の探究心こそが教育に重要であることも学んだ。あるとき私が心カテをしていると看護師さんから「南野先生がお呼びです。すぐに来てください。」と言われた。カテ中であることを告げたのだが、他のカテグループメンバーに代わってもらってすぐに来るようにというお達しだった。急いで外来に行ってみると「大石君、この心電図は素晴らしいよ。~~~」と心筋梗塞の心電図変化について延々と話をされたのを昨日のことのように思い出される。あの時は少年のようなうれしそうな眼をしていた。当時、南野先生は60歳を過ぎていたと思う。まだその年代まで達していない私はであるが、あのような純粋で清らかな眼をすることができるだろうか?
南野先生の亡くなったことすら知らずに生活を送っていた。お世話になったにもかかわらず、大変な不義理をしたものだと思っているが、南野先生が生きていらっしゃったら「そんなことは意味がない。そんな暇があったら心電図を読んだ方が患者さんのためだよ。」と仰りそうな気がする。私の仕事は、鹿児島の地で南野隆三イズムを身に纏った若き循環器内科医を一人でも多く排出することである。私が今できる唯一の恩返しだと思う。天国で大好きな心電図をたくさん読んでいることでしょう。 合掌
故南野隆三先生からの言葉
- 一日に一つ新しいことを覚えなさい。それを毎日続けなさい。そうすれば退職時には1000個以上の新たな知識が身に付きます。そこまで知識を持った循環器研修医は今までいない。
- 君には心カテと心筋梗塞急性期心電図変化をしてもらう。この二つは窓であり、この窓から患者さんを診ることが重要であって、決して窓を磨くことだけに専念するような愚行に走らないように。
- 君は3年経ったら大学に帰っていく、桜橋にとっては泥棒みたいなものだ。君は持っているすべての知識と技量をコメディカルに与えてから大学に帰るように。コメディカルは病院の宝だから。