鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 心臓血管・高血圧内科学

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Department of Cardiovascular Medicine and Hypertension, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima University

講座について

教授ご挨拶

教授ご挨拶(バックナンバー)

2017年1月掲載

医療はどこに向かうのか? 10年・15年後の循環器医療とは?
心臓血管・高血圧内科学分野教授 大石 充

鹿児島で4回目の正月を迎えました。(妻に内緒で買った石臼で餅つきをしました^^)2016年は激動の年でした。まず私にとっても大きな変化の年で、大阪の持ち家が漸く売れて、2015年に建てた鹿児島の自宅のみとなって、ダブルローンに苦しむこともなく名実共に鹿児島県人となりました。ただし鹿児島弁にはまだまだなれませんが・・・ 個人的なことはさておき、日本では天皇が生前譲位を希望され、政党支持が得られなかったが都民の圧倒的期待を得て東京都知事に就任した小池氏が都政改革を断行しています。アメリカでは泡沫候補と考えられていたトランプ氏が選挙に勝利して次期大統領に内定し、イギリスでは国民投票でEU離脱を決定しました。長年維持された構造が大きな変化を熱望されている時代が押し寄せていると言えます。我々の分野では鳴り物入りで推し進められていた新専門医制度の運用実施の延期が決定されました。参議院選挙直前での厚生労働大臣の発言がきっかけとなっており、政治色が色濃く反映されてはいますが、現状では地域医療の崩壊を招く恐れがあるという判断は妥当であると思います。さらに都市部での専門医研修数制限をかけるなど、変革の波は容赦なく訪れようとしています。

我々医療の現場も非常に大きな変化が次々と起こっており、循環器領域でも我々が医師となった25年ほど前には想像もしていなかった世界が目の前に広がっています。我々が医師となったころは心臓カテーテル検査が出来るだけで充分であり、インターベンションはごく一部の施設で行なわれていました。心エコーもドップラの概念が導入された時期で、カラードップラの登場で大きな驚きを感じたことを鮮明に覚えています。現在では循環器内科医がインターベンションを出来ることは当たり前で、薬剤溶出性ステントから薬剤溶出性バルンへと移り変わり、血栓吸引やロータブレーターといったデバイスも汎用されて、再狭窄も非常に少なくなってきています。心エコーも組織ドップラから3Dエコー、さらにはバーチャル3DとITの発展とともに飛躍的に進化を遂げています。研究分野でもスーパーコンピュータ「京」(蓮舫議員の「2番ではダメなんですか?」で有名になったコンピュータ)を用いて、現在分かっている遺伝子や蛋白・受容体などの機能情報を一つの細胞に組み込んで、この一つ一つの細胞を組み立てることによって「バーチャル心臓」を作り上げて細胞の動きを忠実に再現させることに成功したようです。遺伝子機能の一つを変えることによって不整脈を作り上げて、その時の心臓の動きを忠実に再現したり、蛋白機能を変えることによって心収縮能低下をさせたりすることも自在です。これが医療の現場に下りてくると状況は一変します。例えば、心不全患者が入院したときに遺伝子情報から生理・検体情報までを細胞情報にインプットして、どのようなメカニズムで心機能低下を来しているかを分析して有効な治療手段を数分ではじき出すことができます。不整脈の心電図を読み取らせることによりどの部位の異常電位が不整脈の起源であるかを正確にシミュレーションして、進化したダヴィンチがロボットアブレーションを行なうなんてことが起こりうる時代が到来するかもしれません。さらに先日参加した研究会では、阪大の後輩が生体イメージングシステムを使って生検をせずに病理診断をするシステムを開発していました。時代は移り変わっていきます。

2016年に講座がBCC(Best Cordinated Course)賞、私がMVT(Most Valuable Teacher)賞をいただくことが出来ました。BCC賞はここ数年ずっといただいている賞で、広島大学に移られた松下先生を中心とした一内科の教育チームが築き上げた教育システムが数年経っても色褪せることなく受け継がれていることの証であると言えます。MVT賞は一昨年に続いて2回目の受賞ですが、一昨年は仲良くなったポリクリ学生たちと焼肉を食べていたときに盛り上がって後輩に投票を呼びかけてくれたお陰で受賞することが出来たので、若干COI的に問題があると思っていましたが、今回はそのような裏工作もなく賞をいただくことが出来ました。この賞は大学人として最も価値のある賞であると思っているので、大変な名誉と重責を感じています。この賞をいただいた夜に、ふと「ICTや画像診断などがすさまじく進歩した近未来を担う医師として、今の医学生や研修医たちをどのように教育していくべきなのだろうか?」という疑問がわいてきました。我々は近未来を予測しながら教育をする必要があると思いますが、「コンピュータが医師に取って代わってしまう時代が近未来にやってくるのだろうか?」と自問自答する自分がいました。生身の人間を相手にする職業は決してコンピュータに取って代わられることはないと信じています。人間だから感じる違和感などが診断・治療の補助となるし、人間だから醸し出せる安心感や人を思う気持ちが患者やその家族を解放へ向かわせることも可能だと思います。さらに究極の選択を患者やその家族と一緒に考えて、良きアドバイスをしてあげられることも医療人がすべきことです。まさにこれからの医師は人間性を重視して、患者のすべてを診ることが出来る医師となる必要があり、そのような教育をすることが我々の責務です。人間という個体がどうできているか、病気はそれがどのように破綻をして出来上がっているか、その病気に対してどのような対処法があるのか、何がプラスで何がマイナスなのか、患者と家族のあり方を個体と社会の両方の立場から理解しているか、-これらのすべてを網羅できる医師を育てていくことが我々の使命だと考えています。私がお世話になっている鹿児島、ひいては日本に何が残せるのか・・・ 自問自答をしながら10年、15年先の医療状態を見据えながら、教育を再考することが2017年の私の課題です。